2018年01月11日
社会・生活
研究員
木下 紗江
突然ですが、動物映画といえば、何を思い浮かべますか?「101匹わんちゃん」「ライオンキング」「南極物語」「ベートーベン」... 。子どもから大人まで楽しめ、心温まる物語が多いように思う。中でも今年の干支(えと)である「犬」の映画は、誰でも一本は見たことがあるのでは...
犬は人間に最も近い動物だ。筆者の職場でも、20人余のうち7人が自宅または実家で飼っている。犬は世界に344種(1)あり、日本では約650万匹(2)が人間と生活を共にしているという。日本の15歳未満人口は1571万人(3)だから、子ども2.4人に対して犬が1匹の割合。日本人はとても犬好きだといわれる由縁だ。実は世界の56%の人は何らかのペットを飼っており、中でも犬が最も多いそうだ(4) 。
一説には、犬はおよそ1万5000年前には人間と生活を共にし、狩猟の手伝いをしていたそうだ。後に、羊や馬、牛なども家畜化されていったが、こうした動物は犬のように人間の暮らす家で共に過ごすことはあまりない。食用や移動用となり、人間とは住み家を別にしてきた。
少し前までは犬も庭先で飼われることが多かったが、最近では夏涼しく冬暖かい屋内で飼い主と一緒に快適に過ごすことが一般的だ。
京都大学大学院文学研究科で動物の「心」を研究する黒島妃香(くろしま・ひか)准教授(心理学専修)に取材すると、ここまで犬が人間の生活に入り込むようになったのは、「適応能力が高いからなのです」と答えてくれた。
犬は人間の行動や表情をよく観察し、相手に合わせた行動をとる。「お座り」や「待て」を覚えられる能力は他の動物には珍しい。トイレで用を足すことができるのは、まさに犬の適応能力の高さを示すものだ。これにより、人間とうまく共同生活を過ごすことができるため、より一層愛されるという好循環が生まれる。
とはいえ、愛犬に芸を仕込みたくても、これがなかなか難しい。黒島准教授は「遊びとして楽しみながら覚えさせるのが大事です」と言う。そのコツは、褒めて伸ばす。なんだか人間も犬も一緒である。それもまた、犬が愛される由縁だろう。
犬が早くから人間と生活を共にするようになった理由は、適応能力の高さだけではない。犬には人間を補完する能力があるのだ。例えば、その嗅覚は人間より1億倍以上も鋭いともいわれる。臭いを感じる「嗅粘膜」の表面積は人間の約4平方センチに対し、犬は数十倍もあるからだ。
犬の鼻が濡れているのも、臭いの分子を吸着させて感度を高めようとするからだ。これにより、狩猟の際に、獲物や食料を見つけ、撃ち落した獲物の回収もできるようになったという。ちなみに、犬の鼻には鼻紋(びもん)と呼ばれる、人間の指紋のようなものがあり、犬それぞれで違う。また、「犬かき」という言葉があるように、元来泳ぎが得意である。今人気ナンバーワンのトイプードルの語源は「puddle(水たまり)」といわれており、元々は水猟犬として獲物を回収していた。
犬の視力については、よく「モノクロの世界しか見えていない」といわれるが、正確には青と黄とグレーの3種の色合いで見ている。また、視力は人間より劣っているとされる。これは人間が文字を書く、あるいは手先で細かい作業をすることで視力が発達したのに対し、犬はずっと遠くの情報をつかむために聴覚・嗅覚が発達したからではないかという。このため、犬の目は近くよりも少し遠くのほうに焦点が合う。また、犬が顔を床にくっつけて寝るのは、遠くから伝わって来る振動を「骨伝導」で素早く察知するためだといわれる。
それでは、人間が犬の気持ちを知るにはどうすればよいか。黒島准教授は「鼻のしわや口元といった表情や毛の逆立ち方、しっぽの振り方、姿勢などがヒントになる」と言う。例えば、背中の毛が逆立っているのは、怒っていたり恐怖心を抱いていたりする時。尻尾が後ろ足の間に入っているのは怖い時。耳がピンと立っているのは、緊張している時だという。
同じ行動をとっても、ネガティブとポジティブ双方の感情が考えられるケースもある。例えば、怒っていてもおもちゃで遊んでいても、犬は「ウ゛ー」と低い声でうなる。でも後者の「ウ゛ー」は怒っているわけではなく、むしろ楽しんでいるサインなのだという。
このように人間と犬が分かりあえれば、新たな犬の役割が生まれる。老人ホームや小学校で導入されている「アニマルセラピー」はその一つだ。千葉市にある敬老園サンテール千葉は、2016年から毎月実施。その現場を訪ねると、13人のお年寄りが「まだ始まらないの?」とそわそわして待っていた。
80歳過ぎの女性は「ずっとシェパードを飼っていたのよ。とってもかわいいの。わたし、犬がだーい好き」と満面の笑顔。また、別の女性は「今日はリンちゃんは来るの?わたし、リンちゃんに会いたいのよ」と訴える。何度も参加するうちに、お気に入りの犬ができるようだ。
当日やって来た犬は6匹。セラピーが始まると、1匹ずつ参加者の前に出て簡単に"自己紹介"。それが終わると、参加者のそばに行き、「いい子ねぇ」などと声をかけられながら優しく触ってもらう。イングリッシュ・コッカー・スパニエルのクララちゃんの毛並みは、シルクのような肌触りで大人気。美しくカールした黒毛を撫でられるクララちゃんも、なんだか得意げでうれしそうだ。ミックス犬のクオ君は元々は保護犬。6年前に引き取られた時は引っ込み思案だったそうだが、今では多くの人から愛されている。
このセラピーを導入した小野澤直さんは「もちろん効果の表れ方は人それぞれですが、まず目でみて『かわいい』と笑顔になってもらいます。次に触って『温もり』と『柔らかさ』に癒されるのが良いんですよ」と言う。まさに「赤ちゃんを抱っこしている感覚」になるのだそうだ。犬と人間は、単にペットと飼い主という関係を超越する。お互いの気持ちを推し測りながら、助けあって絆を深めていく―。犬は人間にとって最強の「相棒」なのである。
(写真)各種犬はリコー社員、それ以外は筆者撮影
(1) 国際畜犬連盟登録数(2017年7月現在)
(2) 厚生労働省(2016年度末時点)
(3) 厚生労働省「人口動態調査」(2017年4月1日現在)
(4) GFK「グローバルのペット飼育率調査」(2016年)
木下 紗江